壇蜜(2)レビュー|不条理が深化する箱根編と炎上後の日常を考察【モーニング】

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理解しなくていい。ただ、不条理と一緒にページをめくれる人へ

「壇蜜」(2)

壇蜜という存在は、理解しようとした瞬間に、こちらの手をすり抜けていく。

『壇蜜(2)』は、その掴めなさを欠点ではなく、作品の核として据えた異色のノンフィクション漫画だ。

炎上騒動で心身を落とした壇蜜と、同行者・清野が向かう先は箱根。

癒やされるはずの温泉地で、ふたりはなぜか出口の見えない山へ迷い込む。

さらに室内では、何も起きていないはずの日常に、説明不能な不穏さが滲み出していく。

本作は、出来事の理由も意味も語らない。

その代わり、読者に「違和感を引き受ける体験」だけを残していく。

第2巻は、このシリーズが一過性ではないことを示す、静かだが決定的な一冊である。

(モーニングコミックス)

 ① 作品概要と第2巻の位置づけ

壇蜜(2)は、いわゆる芸能人エッセイ漫画とも、私小説とも異なる立ち位置にある「大型ノンフィクション連載」の第2巻である。
本作は、壇蜜という実在の人物を“主人公”に据えながらも、成功譚や自己肯定を描くことを目的とせず、むしろ日常に引き寄せられる違和感や不条理を淡々と記録していく点に特徴がある。

第1巻では、壇蜜という存在の異質さ、周囲とのズレ、そして観測者としての清野の立ち位置が提示された。
第2巻はその延長線上にありながら、炎上騒動という外部からの圧力を明確に導入することで、物語はより社会的な文脈を帯びていく。

つまり本巻は、シリーズの中でも「内面の不条理」が「社会との摩擦」と接続される転換点であり、単なる続刊ではなく、作品世界が一段深いフェーズへ移行した巻と位置づけられる。


 ② 「不条理が人の形を取った存在」としての壇蜜像

本作を象徴する冒頭の一文――
「壇蜜は、まるで不条理そのものが人の形を取ったかのような存在である」
この言葉は比喩であると同時に、本作の読解ルールそのものを提示している。

壇蜜は、一般的な意味での“キャラクター”として描かれていない。
彼女は一貫した思想や価値観を語らず、行動も必ずしも因果関係に基づかない。
しかし、だからこそ彼女の周囲では、偶然・誤解・炎上・不可解な出来事が連鎖的に発生する。

本作において不条理は「問題」ではなく、「自然現象」に近い。
壇蜜はそれを拒絶も克服もせず、淡々と受け入れ、時に面白がる。
この姿勢が、読者に強烈な違和感と同時に、不思議な納得感を与える。

第2巻ではこの“不条理体質”がより明確になり、壇蜜という存在が「物語を動かす主体」ではなく、「不条理を引き寄せる装置」として描かれている点が印象的である。


 ③ 2017年晩秋という時代設定のリアリティ

本巻の舞台が「2017年晩秋」と明示されている点は、ノンフィクション作品として非常に重要だ。
この時代は、SNSによる炎上が個人の生活や精神に直接影響を及ぼすことが、誰の目にも明らかになり始めた時期でもある。

壇蜜が巻き込まれる炎上騒動は、詳細に説明されるわけではない。
だが、その「説明されなさ」こそが、現代的な炎上の本質を突いている。
理由は曖昧で、責任の所在も不明確なまま、当事者だけが疲弊していく。

第2巻は、この状況をドラマチックに誇張しない。
むしろ、落ち込んだ壇蜜を箱根へ連れ出すという、ささやかな行動を通して、社会のノイズと個人の感情のズレを静かに描き出す。

このリアリティがあるからこそ、本作は単なる奇妙なエッセイ漫画ではなく、「特定の時代を生きた記録」としての重みを獲得している。


 ④ 箱根編の象徴性と物語構造

第2巻前半の大きな山場となるのが、箱根への小旅行である。
温泉地・箱根という場所は、本来「癒やし」「観光」「非日常」を象徴する土地だが、本作ではそのイメージが意図的に裏切られていく。

温泉で心身をほぐしたあと、なぜか導かれるように入り込む“出口の見えない山”。
この流れは、典型的なホラーや寓話の構造を想起させるが、作中では恐怖を煽る演出はほとんど用いられない。
ただ、淡々と「迷っている状態」だけが提示される。

この箱根編は、炎上後の精神状態をそのまま空間化したパートとして読むことができる。
回復したはずなのに、気づけば別の迷路に入り込んでいる。
安心と不安が連続し、どちらも決定打にならない――その宙吊り感が、極めて現代的だ。

物語構造としても、ここで作品は明確な「起承転結」を拒否する。
山に入った理由も、脱出のカタルシスも描かれない。
読者は、壇蜜と同じく「意味のわからない状況に置かれたまま、ページを進める」体験を強いられるのである。


 ⑤ 清野という語り部/同行者の役割

本作を成立させている最大の要素のひとつが、清野の存在だ。
彼は作者であり、語り部であり、同時に壇蜜の行動を間近で観測する“他者”でもある。

清野は、壇蜜を分析しすぎない。
理解したふりもしなければ、異常だと断罪することもない。
ただ、「一緒にいる」「同行する」という姿勢を貫く。

この距離感が、本作の読後感を決定づけている。
もし清野が壇蜜を過剰に説明してしまえば、作品は“理解できる話”になってしまう。
しかし彼は、理解できないまま記録することを選ぶ。

結果として、清野は読者の代理人のような役割を果たす。
壇蜜の行動に戸惑い、時に流され、それでもそばにいる。
この関係性があるからこそ、読者は壇蜜を「怖い存在」としてではなく、「目を離せない存在」として受け取ることができる。

第2巻では、この“同行者としての清野”の立ち位置がより明確になり、作品の信頼性と没入感を一段引き上げている。


 ⑥ 秘密の交際と「奇行寄りの外出」描写

本作における壇蜜と清野の関係は、「恋愛」と一言で片づけられるものではない。
周囲に交際を隠しながら出かけるふたりの姿は、一般的なカップル像から明確に逸脱している。

デートは観光名所巡りでもなければ、ロマンチックな演出もない。
むしろ、なぜそこに行ったのか分からない場所
なぜその行動を取ったのか説明されない選択が連続する。

しかし不思議なことに、そこには緊張感や不安よりも、妙な安定感が漂っている。
それは、ふたりが「意味を共有しなくていい関係」であるからだ。

本作が描くのは、恋愛の高揚や葛藤ではなく、
不条理を一緒にやり過ごせるかどうかという、極めて静かな相性である。
壇蜜の突飛な行動を前にしても、清野は理由を求めない。
ただ同行し、その結果を受け入れる。

この関係性こそが、第2巻全体に通底するテーマ――
「一緒にいることに、理由はいらない」という感覚を、最も端的に体現している。


 ⑦ 室内パートにおける不穏な日常とペット描写

第2巻では、外出エピソードと並行して、室内での時間が丁寧に描かれている。
この「部屋の中」の描写は、箱根編とは対照的に、動きが少なく、出来事も極めて些細だ。

しかし、その些細さこそが不穏さを増幅させる。
物音、視線、気配のようなものが、説明されないまま積み重なっていく。
ホラー的な演出に踏み込む直前で、常に筆が止められている点が印象的だ。

ここで重要な役割を果たすのが、愛しきペットたちの存在である。
ペットは癒やしの象徴であると同時に、現実にしっかりと足をつけるための“錨”でもある。
壇蜜がどれほど不条理な感覚に身を委ねていても、ペットの世話という日常行為が、生活を現実へと引き戻す。

だが、そのペットたちさえも、ときに不穏さの媒介となる。
何かに反応する仕草、意味深な沈黙。
それらは決して答えを与えられず、読者の想像力だけが刺激される。

この室内パートは、「何も起きていないのに落ち着かない」という感覚を、極めて高い精度で描写した章だと言える。


 ⑧ 作者の「ロマン致ッ死」体験とは何か

本作において繰り返し言及される「ロマン致ッ死」という言葉は、単なるキャッチコピーではない。
それは、作者自身が体験した“どう考えても合理的ではないのに、なぜか抗えない出来事”を指す概念だ。

第2巻では、このロマン致ッ死体験が、より生々しい形で描かれていく。
大きな事件が起きるわけではない。
むしろ、「普通なら選ばない行動」「避けてもいいはずの状況」に、あえて身を置いてしまう感覚が積み重なる。

重要なのは、作者がそれを美化しない点である。
感動的な成功談にも、教訓めいた失敗談にも回収されない。
ただ、「そうなってしまった」という事実だけが提示される。

この姿勢が、読者に奇妙な感染力をもたらす。
読み進めるうちに、自分自身の中にも似たような体験があったことを思い出し、
「なぜか印象に残っている出来事」と本作が静かに重なっていく。

賞賛の声が相次いだ理由は、この“共感させないのに、思い出させる”構造にある。


 ⑨ 第2巻で深化したテーマ性の整理

第1巻で提示された「不条理との共存」というテーマは、第2巻で明確に深化している。
ここで描かれるのは、不条理を理解することでも、乗り越えることでもない。

本作が読者に突きつけるのは、
「不条理を楽しめるかどうか」という、極めて個人的な問いである。

壇蜜と清野は、不条理に対して戦わない。
意味づけもしなければ、解釈で安心しようともしない。
ただ、その場に留まり、同行し、やり過ごす。

この姿勢は、多くの物語が提供するカタルシスとは真逆だ。
だからこそ、読後に残るのはスッキリした満足感ではなく、
「なぜか心に残る違和感」である。

第2巻は、その違和感を恐れず、むしろ肯定することで、
本作を“読む体験”から“染み込む体験”へと押し上げている。


 ⑩ 初見読者が知っておくべき注意点

『壇蜜(2)』を手に取る際、一般的なエッセイ漫画や芸能人ノンフィクションを想定していると、戸惑う可能性は高い。
本作には、明確な起承転結も、感情を整理してくれる解説もほとんど存在しない。

出来事は起きるが、理由は説明されない。
問題は提示されるが、解決は示されない。
読者は「理解する側」ではなく、「立ち会ってしまった側」に置かれる。

また、壇蜜という実在の人物に対する先入観が強いほど、本作の読解は難しくなる。
テレビやインタビューで見せるキャラクター像を期待すると、作中の壇蜜の静けさや無反応さに違和感を覚えるかもしれない。

重要なのは、「面白い話を読もう」と構えすぎないことだ。
本作は、刺激や笑いよりも、読後に残る感覚を重視した作品である。
意味を回収しようとせず、違和感をそのまま持ち帰る――その読み方が最も適している。


 ⑪ 既読者向け考察:第1巻との対比

第1巻が「壇蜜という存在の提示」だとすれば、第2巻は「その存在が社会と摩擦を起こしたときの記録」である。
この違いは、作中の空気感に明確に表れている。

第1巻では、不条理は比較的内向きで、私的な領域に留まっていた。
しかし第2巻では、炎上騒動を契機に、不条理が外部へと滲み出す。
壇蜜個人の感覚が、世間やネットという巨大な他者と接触し始めるのだ。

同時に、清野の立ち位置も微妙に変化している。
第1巻では観測者としての距離が保たれていたが、第2巻では、より深く同行者として巻き込まれていく。
箱根編や室内描写における“逃げ場のなさ”は、その象徴と言える。

既読者にとって第2巻は、作品の方向性が偶然ではなかったことを確認する巻でもある。
不条理は一過性の演出ではなく、このシリーズそのものの基盤なのだと、静かに示される。


 ⑫ 他の実録・エッセイ漫画との比較

実在の人物を描いた漫画は数多く存在するが、『壇蜜』シリーズはその中でも明確に異質だ。
多くの実録漫画は、成功体験、失敗談、あるいは人生訓へと着地する構造を持つ。

一方で本作は、どこにも着地しない
読者にとって分かりやすい教訓や感動を提示せず、評価の判断も委ねない。

また、芸能人を題材にしながら、華やかさや業界裏話への踏み込みも極端に少ない。
焦点は常に、壇蜜という個人が「世界とどうズレているか」に置かれている。

この点で本作は、エッセイ漫画というよりも、
「観測記録」「感覚のドキュメント」に近いジャンルに属すると言える。

市場的にはニッチだが、だからこそ代替が効かない。
他作品では得られない読書体験を提供するという点で、『壇蜜(2)』は極めて独自性の高い一冊である。


 ⑬ どんな読者におすすめか

壇蜜(2)は、万人向けの作品ではない。
むしろ、明確に「向き・不向き」が分かれる一冊だと言える。

まずおすすめできるのは、物語に明確な答えやカタルシスを求めない読者だ。
理由が説明されない出来事や、回収されない違和感を「欠点」ではなく「味」として受け取れる人ほど、本作は深く刺さる。

また、芸能人を題材にした作品でありながら、華やかさや自己演出を期待しない層にも向いている。
壇蜜という存在を「有名人」としてではなく、「奇妙な座標を持つ一個人」として眺められるかどうかが、読後評価を大きく左右する。

一方で、
・テンポの良い展開を求める人
・感動や教訓を読み取りたい人
・炎上や芸能界裏話を期待している人
には、強い違和感を残す可能性が高い。

本作は、「面白かった」と言語化するよりも、
「なぜか忘れられない」と感じるタイプの読書体験を好む読者にこそ向いている。


 ⑭ 総合評価:第2巻は“買い”か?

結論から言えば、第1巻を読んで違和感を面白がれた読者にとって、第2巻は間違いなく“買い”である。
むしろ、第2巻を読むことで、このシリーズが一過性の企画ではなく、明確な思想を持った連載であることが理解できる。

炎上、箱根、室内の不穏さ――
どのエピソードも派手ではないが、積み重なることで独特の読後感を形成している。
それは満足感というより、「静かに体に残る感触」に近い。

評価すべき点は、作者が一貫して“不条理を説明しない”姿勢を貫いていることだ。
安易なまとめや意味づけを拒否することで、本作は読者の解釈に余白を残している。

総合的に見て、第2巻は
✔ シリーズの方向性を決定づける重要巻
✔ 読者を選ぶが、刺さる人には強烈に残る一冊
✔ 続刊を追う価値を明確に感じさせる内容

と評価できる。

「理解できるから面白い」のではなく、
「理解できないまま、なぜか肯定してしまう」。
その感覚を楽しめるなら、本作は確実に“買い”だ。


✅ まとめ

壇蜜(2)は、物語の理解やカタルシスを求める読者には向かない一方で、

説明されない不条理や違和感を「体験」として楽しめる読者には強く刺さる一冊です。

炎上、箱根、室内の不穏な日常といった出来事は、どれも派手ではありませんが、

積み重なることで独特の読後感を生み出します。

第1巻で示された方向性が偶然ではなかったことを確認できる、

シリーズの性格を決定づける重要巻と言えるでしょう。

✔ 第1巻が合った人 → 買い

✔ 芸能人エッセイ的な分かりやすさを期待 → 注意

✔ 不条理・余白・静かな読書体験が好き → 強くおすすめ

(モーニングコミックス)
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